彼を知り己を知れば百戦して危うからず
敵と味方の情勢を知り、その優劣・長短を把握していれば、何度戦っても負けることがない。大辞林 第三版より
当社の製品は、自己完結型ではありません。常に相手、つまり客先の設備や製品があります。なので私の仕事はシステムを納品して終わりとはいかず、被試験物をつなぎ動作確認を経て「客先設備と一体化」できたときに晴れて完了となります。
そしてこの仕事で重要なことは、事前に客先事情(設備や製品)を仔細に把握できるかどうかです。「彼を知り・・・」は孫子の兵法の有名な言葉ですが、仕事の成否も同じ理屈だと思います。事前調査は本当に重要です。
いまでこそ、仕様のお打ち合わせで根掘り葉掘りお伺いするようなりましたが、駆け出しの頃はその辺りがいい加減だった(というかよくわかっていなかった)こともあり、社検(自社検査)ではOKだったが納品して仕様通りに動かないということが幾度かありました。
今回のお話は、私が初めてお客様向けシステムを担当し、納品で「あれれ?」となった経験談です。
初仕事は疑似バッテリーシステム
私の初仕事は、当社直流電源と直流電子負荷を用いて特注アプリケーションソフトウェアで制御する「疑似バッテリーシステム」でした。 まるで二次電池のような充放電ができるシステムです(図1)。
(図1)
当社での作業を終え、お客様のもとにシステムを運び込み、お客様設備と接続し動作確認を開始しました。 問題なく作業は進んでいたのですが、ふと気になる部分を見つけました。 電流計の表示値が設定値よりも低い電流値になっているのです。 その値の違いは電流計確度を少し超える状況となっていました。
一通りの検査項目が終了し、システムとしての動作はご要求通りでしたが、電流値の設定値と電流計表示値の差が何故発生するのか、ということが問題になりました。
もちろん社内で動作確認を行ったときは問題ありませんでした。 そこで当社システム単体での動作を確認するために、お客様の了解を得て、お客様設備との接続を外させていただきましたが、その結果は異常なしと判断できました。
お客様設備も異常なしと判断されているものです。 つまりお客様設備と接続すると、なぜか現れる現象ということになります。
電流の測定値に差が発生するということだったので、次に電流測定回路周辺を調べてみることにしました。 電流測定回路はパワーラインのマイナス側にシャント抵抗器を挿入する構造でした。 そして当社システムの回路構成とお客様設備の回路構成を見比べているうちに原因がわかりました。
原因はグラウンドの接地
お客様設備の回路図をよく見ると、回路グラウンドが接地されていました。そして当社システムの電流測定回路のグラウンドも接地されていました。
グラウンド(GND)の意味は電位の基準点です。英語としての意味は「Ground=地面」ですが、電子回路においては、グラウンド=接地(アース:地球つながっている)とは限りません。しかし一般的には安全やノイズ除去のために、機器を接地するのが常識であり、そういう意味で、お客様設備も当社システムも「単独稼働」であれば妥当な処置です。
しかしお客様設備と当社システムは繋げる必要があります。それぞれのグラウンドが接地されて繋がることで、パワーラインのマイナス側においてシャント抵抗以外に電流が流れる経路が形成されてしまったのです。 つまり充電電流が分流してしまったわけです。 電流計の表示値の差異は、分流した電流が差し引かれた結果だったのです(図2)。
(図2)
回路を絶縁
原因がわかればあとは対策です。当社システムの電流測定回路を絶縁型に変更し、接地しないように変更しました(図3)。
(図3)
この対策を施したことで電流計の表示値が設定値と同じ値になりました。 いまならカレントセンサを使用することによって電流測定回路の絶縁は簡単にできるかと思います。システムはお客様の設備と一体化して完成形となります。 お客様設備のことをよく理解してから設計を行うべきであると反省させられた経験でした。
技術者を志す人は、たぶん「ものづくり」が好きで、はやく手を動かす作業をしたくなります。趣味なら「作りながら考える」というのは大いにアリですが(むしろ楽しい)、仕事の場合、手を動かす前の準備(調査・設計)が重要です。
そこでの手抜きは、私が経験したように「ツケ」となって返ってきますので。
若い技術者のみなさんには、ぜひ心がけておいて欲しいことと思います。