1.波形が試験表の値と違う
私は、車載用機器の過渡サージ試験器などを主に担当しています。お客様から「今回、菊水の製品を導入したのですが、波形観測に1/100のプローブが必要と言われたので合わせて購入しました。早速、実際に波形を観測したところ、試験表の値と違っています。これはいったい?」といった問い合わせを頂くことがあります。お話を詳しく聞いてみるとオシロスコープの設定や周辺環境(※1)の準備には問題がなかったのですが、1/100のプローブは買ったまま何もしていないということでした。
一般的に、プローブは使うオシロスコープと接続して一体で校正(調整)する必要があります。これは、「プローブが壊れていないのか?正しく観測できるのか?」を確認するために必要な作業となります(※2)。 とは言え、観測する波形がms以上(場合によってはμs以上)の動作や、単なるhigh/Lowのレベル確認程度であれば、無調整のプローブを使用しても問題無いケースが殆どです。
しかし"ns"~"μs"の立ち上がりや幅といった高速に変化する波形を、受動プローブを使って観測する場合、プローブの「正しい」調整が必須となります。
2. 原因のほとんどはプローブの調整不備
立ち上がり時間やパルス幅がnsオーダーの高速パルスを測定する場合、周波数帯域が広くサンプリング数の多いオシロスコープを用意する必要があります。観測対象となる機器の出力インピーダンスが50Ω系の同軸構造であれば、同軸型のアッテネータや同軸ケーブルを使う事でオシロスコープとパルス発生器を直接接続することが可能です(※3)。 この観測方法であれば、観測対象である波形をロスや遅延の少ない状態で観測することができます。
一般的にサージ発生器と呼ばれる機器の仕様は、国際規格や地域規格及びメーカー規格等で決められており、そのほとんどが同軸構造の50Ω系出力ではありません。端子形状が同軸構造の50Ω系ではありませんので、波形の観測には差動プローブや受動プローブを使用する事になるのですが、この差動プローブや受動プローブを使った観測方法では、試験器の校正データ(試験表のデータ)と同じ値が観測されない場合があります。「観測結果が異なる」とのお問い合わせ内容の殆どが、この"ns"~"μs"の立ち上がりや幅を持つ波形であり、調整の不備が原因で観測結果に差異が出たというケースが殆どです(※4)。
差動プローブを使った波形観測でのお問い合わせ例としては、
- オシロもプローブも菊水の推奨品なのに、正しく波形が観測されない。
- プローブを菊水で校正してもらったのに、観測結果が異なる。
- 同じ周波数帯域のオシロに変えたのに、観測結果が全く違う結果となった。
等があります。
3. 身も蓋もない結論で恐縮ですが
前述のお問い合わせへの回答は次のようになります。
Q. オシロもプローブも菊水の推奨品なのに、正しく波形が観測されない。
A. オシロスコープとプローブを組み合わせて校正する必要があります。
Q. プローブを菊水で校正してもらったのに、観測結果が異なる。
A. プローブだけを校正しても使うオシロスコープで違いが出ます。(オシロと組み合わせで調整しないと観測結果は異なりますと、事前に伝えていると思います。)
Q. 同じ周波数帯域のオシロに変えたのに、観測結果が全く違う結果となった。
A. 周波数帯域やサンプリング数が一緒でも入力容量の違いによって観測結果が異なります(同型のオシロスコープで観測しても、入力容量の個体差があるため同じ結果にはなりません)。
オシロの使用方法は電気計測の基本で、ほとんどの方が初学段階に指導を受けていると思われます。ベテランエンジニアの方にとっては、商売道具を取り扱う上での基本で「常識」となる事項ですが、経験の浅い方、たまにしかオシロを使わない方にとっては、プローブの調整・校正は意外と見落とす(または思い違いしやすい)ポイントのようです。
ということで、正しい波形観測のためは、実際に使うオシロスコープとプローブを組み合わせて校正することが重要です、という身も蓋もないお話でした。
と終わってしまっては、つまらないので、次ページのような比較実験をおこなってみました。幸い当社には設備として高電圧パルス発生器や様々なモデルのオシロが社内に転がっています。これらを検証材料に、実際どれほどの差異が出るものなのか。結果がほぼ想像出来る検証ではありますが、実際にやってみる人はあまりいないだろう、と思われる稀有な実験です(笑)。話のタネになれば幸いです。
※1: 機種によってはオシロスコープを絶縁トランスで浮かせる必要があります。
※2: プローブ校正の見解につきましては、各メーカー様にお問い合わせ願います。
※3: オシロスコープを50Ωで終端する必要があります。
※4: 菊水製試験器への問い合わせのケースに限ります。
3. まずはプローブを校正する
通常、オシロスコープとプローブを使ってデータを観測する場合には、プローブを校正する必要があることは説明させて頂きましたが、プローブの校正はオシロスコープのCAL端子の方形波パルス波形を使います(※5)。このオシロスコープのCAL端子は数V(最大でも5V程度)の電圧しか出力されません。過渡サージ波形は数十Vから数百Vのパルスが出力されますので、観測に必要な受動プローブの減衰率は1/100や1/1000となります。この減衰率のプローブをオシロスコープのCAL端子に接続しても振幅は殆ど得られません。1/100や1/1000のプローブを校正する場合は、高電圧の方形波パスル発生器が必要になります。高電圧(方形波)パスル発生器は大変高額であり、入手も困難ですので、今回の実験では、よりリアルなISO7637-2規格試験器の3b波形を使って1/100差動プローブ(受動プローブ)を校正しています(※6)。
当社のISO7637-2規格試験器『KES7700システム』の3b出力は、50Ω系の同軸構造です。この構造は、アッテネータ等を使いダイレクトにオシロスコープへ接続することが可能ですので、出力波形をロスや遅延の少ない状態で観測することが可能です。また、受動プローブでの測定も、プローブの先端をBNCタイプに変更する変換アダプタを使う事により、プローブ測定で影響度の高い「アース線の引き回し」の影響を減らすことができます。出力も300V(50Ω終端時は150V)と十分な振幅を得られますので、今回の実験に必要な測定器ごとの違いを比較するのに適しています(※7)。
4. 色々なオシロでISO7637-2の3b波形を観測した結果
今回の実験に使用したオシロスコープの仕様を表4-1に示します。ちなみに、ISO7637-2規格では、オシロスコープの周波数帯域を400MHz以上としていますので、全てのオシロスコープで要求仕様を満たしています。
今回の校正は、ISO7637-2の3b波形をおよそ300Vに設定し、タイプ1のオシロスコープとアッテネータ(40dB)で測定した結果が1.5Vになるように微調整をして基準波形としています。(全データの3b出力は一定です。)
アッテネータと同軸ケーブルを使い50Ω系で観測した結果を表4-2に、アッテネータを入れずに観測した50Ω系出力波形を基準とし、受動プローブをタイプ1で校正し、その受動プローブと各オシロスコープで観測した結果を表4-3に示します。
表4-2の結果より、50Ω系で観測した場合では、最大で1.52V、最小で1.479Vと、1.5Vの観測値に対して、±1.5%程度の結果となりました。この程度の範囲であれば測定誤差と言えます。
但し、表4-3の受動プローブで観測した場合では、観測結果に大きな違いが見られます。最大で20%以上も異なりますので、「試験表の値と異なる。」となってしまいます。
図4-1はタイプ3の観測結果波形(イメージ)です。ピークの高い方が50Ω系での観測結果であり、ピークの低い方が受動プローブを使った結果となります。20%以上の差異があります。
※5:「CAL端子」はオシロスコープのメーカによって名称が異なります。
※6: 校正方法の詳細や注意事項に付きましては、省略させて頂きます。
※7: ISO7637-2の3b波形は、あくまでピーク部分の校正に使用します。DCレベルの調整にはファンクションジェネレータ等を使用します。
5. 観測結果の違いの理由は?
今回比較したオシロスコープの中で、一番周波数帯域が狭くサンプリング数も少ないタイプ3の観測結果が一番低くなっています。この仕様の違いが観測結果に影響したのでしょうか。
前述しましたが、周波数帯域が広く、サンプリング数が多いオシロスコープが高速のパルス観測に適していますが、タイプ4とタイプ5の受動プローブでの観測結果は、仕様的にはあまり変わらないタイプ1と比較すると、約10%程低く観測されています。(50Ω系で観測した自身の測定結果と比較してもプローブの測定結果は同様に低く観測されています。)
では、何が波形観測のピーク測定に影響しているのでしょうか。
表5-1は表4-1にオシロスコープの入力容量のパラメータを追加しています。 入力容量が多いオシロスコープは観測結果が低くなる傾向となっているのがわかります。
発生器とプローブの定数を固定し、オシロスコープの入力容量を変化させた簡易的な回路構成での回路シミュレータ波形を図5-1に示します。
オシロスコープの入力容量のわずかな違いで、ピーク電圧が異なる事が分ります。
6. おわりに
誤解を招きそうですので、「入力容量の多いオシロスコープは高速パルスの測定に向かないのか?」の結論を先に申しますと、そんな事はありません。
オシロスコープと受動プローブを組み合せて校正すれば、全く問題なく波形を観測できます。
今回の実験では、当社の所有しているオシロスコープの入力容量が少な目であり、そのオシロスコープが基準となりました。もし入力容量の多いオシロスコープを基準としていれば、入力容量の少ないオシロスコープで波形を観測するとピークが高く観測されますので、逆に「容量の少ないオシロスコープは使えないのか?」との問いに変わるでしょう。
このようにプローブを校正しているからと言って、そのプローブを使った測定が必ずしも正しい測定が出来るとは言えない事をご理解頂けるかと思います。