再現性の確保が難しい過渡サージ試験。
規格に忠実な波形作りで信頼性向上に挑む。
誤動作は事故に直結
サージのテストは一般の電子機器でも行われています。
<新垣>元々、クルマは一般の電子機器に比べてEMC的に厳しい環境にあると言われています。伝導ノイズ、さらに過渡的なサージに限って考えても、クルマにはモータや電磁アクチュエータ、大電流が通るワイヤハーネスなどサージ発生源が多数存在します。同時にそれらはECUなどの電子機器と混在・隣接して置かれていて、サージに起因する電子回路の誤動作が発生しやすい環境です。さらに、近年ではクルマの電子化に伴ってサージトラブルの対象アイテムが増えました。クルマはサージを出す面でも受ける面でも極めて厳しい環境であると言えます。いっぽうで搭載機器の誤動作は即事故、人の命に関わりますから、サージに対する強力なイミュニティが求められます。
<後藤>測定・評価という立場から見た場合、ひとつ厄介なのは、クルマが多数の機能が複合的かつ独立分散して動く機能体であるという点です。一般の電子機器であれば、機器の設置場所ですとか動作のモードや順序がほぼ決まっているのでサージが起きる状態を予め想定、つまりシミュレーションテストしやすいんです。これに対してクルマは例えば、アクセルを踏み込んでいるときにワイパーがオンされるとか、エアコンが回り始めた直後にヘッドライトが点く、といった具合に動作の組み合わせが限りなく考えられるので、シミュレーションのパターンを絞り込むのが難しく、現実に適した試験や再現性に優れた測定が困難といった問題があります。
ISO7637+オリジナル
規格の動向はどうなっていますか
<新垣>サージ試験は、想定されるサージの波形を定義してこれを試験器によって作り出し、被試験機の電源や信号ラインに印加して耐性を確認する、という手順を踏みます。したがって想定される状況毎に定義される波形が異なります。クルマの場合は誘導性負荷の遮断ですとか、電流の断続によってハーネスが発するサージなどです。したがって過渡サージの試験規格には幾種類もの波形が定義されていて各波形それぞれに対しての試験が必要です。
<後藤>自動車の過渡サージを規定した規格の技術仕様は何れもISO7637が基になっています。例えばオルタネータが動作中にバッテリラインが断線した時を想定したロードダンプテストの現行規格はISO16750ですが、これはISO7637から移行したものです。ちなみに現行のISO7637は第三版(ISO7637-2.2011 Ed3)です。
欧州では自動車EMC指令適合の「eマーク」からECE Regulation統合によるEマーク(ECE-R10)など制度上の変遷はありましたが、技術的な内容は依然としてISO7637が参照されており、対応が必須であることは変わりありません。国内では※JASO D001という規格が以前から存在していますが、過渡サージ試験の内容はやはりISO7637と同様なものになっています。
<新垣>実際には各自動車メーカさんが自らの経験に基づいて独自の波形をプラスした自社オリジナルの規格で運用というのが実情です。先にお話ししたようにクルマではシミュレーションのパターンを絞り込むのが難しいことがその背景にあるわけです。国際規格や業界規格のクリアを前提とし、さらに独自のテストで慎重を期すというスタンスですね。
※JASO:Japanese Automotive Standards Organization 日本自動車技術会規格
KES7700
商品の位置づけと方向性はどうお考えですか
<後藤>弊社では車載電子機器用EMC試験システムKESシリーズを展開しています。過渡サージ試験については、その中でKES7700としてシリーズ化し各種の規格試験に対応する体勢を採っています。
ただ、前述のように自動車メーカが独自な波形を定義することなどお客様毎に要求内容が異なることも多いので、カタログ品というよりカスタムソリューションとして対応させていただいています。
<新垣>原理的にサージテストの大半は予めコンデンサに蓄えておいたエネルギーをスイッチで一気に放出させるという単純なものです。パルスの時定数も公に定められています。そういう意味では技術的にさほど難しいアイテムではありません。ですが、計測器メーカとして波形の細部まで拘って再現性を、さらに操作性に拘って作業効率を追求するということになると一筋縄では行きません。
例えば何種類もの波形を用意して簡単に切り換えできるような工夫も必要になります。これに対してKES7700ではユニットの差し替えで簡単に切り換えできるようになっています。そうすれば波形が新たに定義された場合もその波形用のユニット追加・換装だけで済みます。
正しい設備を正しく使う
キクスイのどんな技術が注ぎ込まれていますか
<新垣>規格に基づく商品の品質保証試験ですので信頼性が第一であり、テストの再現性という意味ではひとつひとつの波形品位に十分気を配りました。何にも増して”定義された波形に忠実であること”はすごく重要だと思っています。例えば、先にお話ししたロードダンプを想定したパルス立ち上がりがサプレスされたパルス5bという波形の印加テストがあります。ロードダンプ時には大きな過渡電圧が発生しますので実車には保護用のクランプダイオードが組み込まれています。パルス5bはこの状態模擬として定義された波形なのですが、これを簡単な電源とインダクタンス、抵抗、それにダイオードなどの受動部品で構成すると、実際に測定する際に定義された波形にはならないことが分かっています。ダイオードがクランプ領域に入ると負荷となってパルスが尾を引く部分の時定数が短くなってしまうからです。そこで我々はパルス5bの生成に際し、まずアンプ方式の高圧電源で非サプレスの波形を生成した後にロードダンプサプレッサーでサプレスレベルを超えた部分を吸い取ることにしました。
<後藤>この方式は受動部品方式よりコストがかかってしまうのですが、パルステールの時定数に影響を及ぼしません。どう考えてもこちらの方がまっとうなやり方だと思いますし、”規格で定義された波形に忠実”という我々のコンセプトに合致することからも、敢えてこの方法をご提案しています。
私が取り説
ハード面以外での拘りは?
<新垣>正しい計器を正しく使うというのは計測の基本というか大原則ですよね。そういう意味では、計測器メーカは正しいハードを作っているだけではダメで、正しく使って頂いて初めて測定に価値が生まれるわけです。きれい事の様ですが我々はそこまでサポートするべきなんだと思います。
なので、弊社のソリューションシステムは設計者が自ら納入先に出向いて取扱説明をしたりお客様の生のご要望を直接承って製品に反映したりするようにしています。このシステムでは私が取り説というわけです。
<後藤>これは一例に過ぎないのですが、お客様の中にはノイズの試験をするのにパソコンを含むデジタル製品を持ち込むことにアレルギーというか不安を抱く方がおられました。その時にも設計者が直接出向いて、互いに技術者同士フェイス・トゥ・フェイスでお話をすることでご納得頂けたことがあります。そんなことからも、計測は正しい計器を正しく使うという測定器メーカとお客様との相互信頼で成り立っているんだなぁと感じています。