高調波とは?
高調波の概念
最近、「高調波」という言葉がよく聞かれるようになりました。しかしその「高調波」とは何なのかを、正確に理解している人はそう多くはないでしょう。
現在「高調波」と言われているものは、ほとんどが「電源高調波電流」のことを指しています。「高調波」をJISで調べてみると「周期的な複合波の各成分中、基本波以外のもの。第n次高調波とは、基本周波数のn倍の周波数を持つもの。」(JIS Z8106「音響用語(一般)」より)および、「基本波の整数倍の周波数をもつ正弦波」(JIS Z9212「エネルギー管理用語(その2)」より)となっています。つまり高調波を含まない基本波成分だけの波形は、歪みのない正弦波で、歪みを持った波形はすべて高調波を含んでいるわけです。
「電源高調波電流」は、その「高調波」に「電源」と「電流」がついたものですので、言い換えると「電源ラインに流れる高調波電流」となります。この場合の電源ラインは、国内では100Vまたは200V(海外では120V、230Vなど)の、一般に「商用電源」と呼ばる電源のことで、一般家庭のACコンセントなどのことを指しています。商用電源の周波数は、50Hzまたは60Hzですので基本周波数も50Hzまたは60Hzです。そしてその高調波については、例えば基本周波数が50Hzの場合の第3次高調波は、150Hzの成分のことになります。
高調波と似ている現象に「ノイズ」があります。高調波も広い意味でのノイズになるのですが、一般に「ノイズ」は単発的に発生し、電源周波数に必ずしも同期していませんが、高調波は電源周波数に必ず同期します。「高調波」と「高周波」を混同して、電源高調波とスイッチング電源が発生するスイッチングノイズとを、間違えないよう注意が必要です。
高調波電流の発生原因
高調波を発生する機器・しない機器
高調波電流はなぜ発生するのでしょうか?
家庭にある一般的な電気製品、たとえば冷蔵庫・洗濯機・エアコン・電気毛布・こたつ・テレビ・パソコンについて考えてみます。冷蔵庫・洗濯機・エアコンの最新式でないもの(エアコンは多少機能が違いますが、クーラと呼ばれていた頃のもの)は、それぞれの主な電力消費部分は全てモータでした。モータはそのまま電源に接続されると、誘導性の負荷となり電圧より位相の遅れた正弦波電流が流れます。また電気毛布・こたつの最新式でないものは、その電力消費部分はヒータやランプですので抵抗負荷となり、電圧と同じ位相の正弦波電流が流れます。
テレビやパソコンはその内部で交流電圧を直流電圧に変換する回路(整流回路)を通して直流電源をつくり、それで各電子回路部品に電力を供給していますので、その電源回路に流れる入力電流が、テレビやパソコンの入力電流になります。これらの整流回路はコンデンサインプット型が多く、その入力電流は電圧波形のピーク付近だけ流れるパルス状電流波形になります。
以上の例で高調波を発生する機器はどれでしょうか?
電流波形が正弦波の冷蔵庫・洗濯機・エアコン・電気毛布・こたつの最新式でないものは、すべて高調波は発生しません。それに対してテレビとパソコンは高調波電流を発生する機器ですが、テレビとパソコンだけでなく、たとえばエアコンやこたつなどの最新型のものも高調波を発生します。エアコンはインバータ回路が主流になっていますが、インバータ回路はコンデンサインプット型整流回路、またはそれに力率改善用のチョークコイルを追加した回路を使用するのが普通なので高調波電流が流れます。こたつや電気毛布も最近はサイリスタやトライアックで位相制御と呼ばれる制御をして温度調節をしていますので、高調波が発生します。
以上のように、便利で使いやすく電力効率を高めた機器が、高調波を発生することが分かります。そして最近のほとんどの機器は高調波を発生します。
《図-1a》高調波を発生しない回路の例と電流波形
《図-1b》高調波を発生する回路の例と電流波形
《参考》コンデンサ・インプット型整流回路がパルス状の電流を流す動作の説明
高調波を発生する機器と発生しない機器の違いは何でしょう?それぞれを分類すると、正弦波電流が流れる機器と、そうでない機器に分けられます《図1》。この正弦波電流が流れる機器を電源ライン側から見て、「線形負荷」といい、そうでないものを「非線形負荷」といいます。「線形負荷」はヒータやモータなどの抵抗やインダクタンスで出来ているもので、「非線形負荷」はダイオードやサイリスタ・トライアックなどの半導体で制御をしているものです。
図の点線で示したのは全波整流電圧波形で、コンデンサが無いとこのような波形になります。そこにコンデンサが付きますと、図のようにピーク付近の電圧がコンデンサに保持され、負荷に流れる電流の分だけコンデンサが放電し、次の電圧波形のピーク付近でまた充電されます。これの繰り返しで電圧のピーク付近でコンデンサに充電する間だけ電流を流すのがコンデンサ・インプット型整流回路です。
高調波電流の影響
高調波電流が与える影響
高調波電流は他の機器にどのような形で影響を与えるのでしょうか?
高調波電流が多い機器は力率が低いので、実際に消費される電力より皮相電力が大きいため入力電流が多く流れます。従って電力設備に余裕が必要になります。
また電源は発電所から送電線や変電所・柱上トランスなどを通って各家庭に接続されていますが、その電源ラインにはインピーダンスが存在しています。そして高調波電流が流れるとそのインピーダンスにより電圧降下が発生し、結果として電源電圧波形が高調波を含んだ波形になります。商用電源に接続して使用される機器は、普通は商用周波数での使用を前提に作られていますので、高調波が重畳された電圧波形が印加されると思わぬ事故につながります。
具体的に電源ラインに接続された機器や配電設備に悪影響を及ぼした例をあげてみると、進相コンデンサに高調波電流が流れて焼損したり、トランスがうなったり、電圧のピーク値が下がってスイッチング電源が正常動作しなくなったりした事例があります。《図2》
《図2》高調波電流の影響
高調波電流の対策
高調波の対策方法
高調波による障害を防止する対策方法を対策する分野で分けると、
- 電源供給系統での対策
- 高調波の影響を受ける機器での対策
- 高調波を出す機器での対策
の3つに分けられます。
1. 電源供給系統での対策
- 電源ラインのインピーダンスを低くする。(電流を電圧に変換させない。)
- 余裕を持った電源供給設備にする。
- 事業所単位などで、高調波電流をキャンセルさせる働きをする力率改善装置を導入する。
これらはどの対策も大がかりな対策になり、費用や時間およびエネルギーの有効利用の観点からみて、一部を除いて実行に移すのは難しいでしょう。
2. 高調波の影響を受ける機器での対策
- 配電設備に高調波対策品を使用する。(進相コンデンサ等)
- スイッチング電源はある程度ピーク電圧が下がっても動作するような設計をする。
- 高調波歪みを含んだ電圧波形が印加されても、機器が誤動作したり破損したりしないような設計および試験をする。
これらは、実際に高調波を含んだ電圧が存在している限り今後は、必要条件になっていくでしょう。
3. 高調波を出す機器での対策
- 高調波による障害の原因を押さえる事になるので一番有効です。高調波に関する規格は、各機器での高調波の発生量を規制するように作られています。その対策としては大きく2つに分けられます。
- 能動的な回路による対策(アクティブな回路、アクティブフィルタなど)
- 受動的な回路による対策(パッシブな回路、チョークコイルなど)
それぞれに長所短所がありますが、大まかに小容量の機器は受動的な回路による対策で、大容量の機器は能動的な回路による対策がとられます。
アクティブな回路での高調波対策
機器からの高調波電流の発生を抑える方法のアクティブな回路は、アクティブフィルタ回路(これは他のいろいろな呼び名で呼ばれています)が代表的です。制御方式によりいろいろな回路がありますが、最近は制御用のICやアクティブフィルタの部分をモジュールにしたものなどが発売されています。
アクティブフィルタは電流波形を正弦波状にして、理論的には力率を1.0に限りなく近づけられますが、回路が複雑になってしまいますので、力率を0.8程度までとして、高調波電流を後述する規格値以下にするという方法(回路)が考えられています。《図3》
《図3》アクティブフィルタの回路例
パッシブな回路での高調波対策
受動的な(パッシブな)回路の代表はチョークコイルです。電力損失が少なく、回路が簡単などの利点がありますが、部品が大きく重い、入力電圧範囲が狭くなる、チョークコイルの設計が難しいなどの欠点もあります。《図4》
チョークコイルの他に抵抗を入れる方法や、1次と2次間の結合を悪くした商用電源トランスを入れる方法なども、受動的な回路として使用されます。商用電源トランスを使う方法は、海外の安全規格を満足する場合に有効な手段となるので、今までのような商用電源トランスを使わないスイッチング電源よりも、トランスの2次側の低圧部分でのチョッパ回路を使用した方が、安全規格を含めて考えると有利な場合もあります。
《図4》パッシブな回路での高調波対策
チョークコイルを使用する上での注意
高調波対策にチョークコイルを用いる場合の設計には、以下の注意が必要です。
- チョークコイルの仕様書には直流重畳特性を記載し、電流のピーク値でもチョークコイルが飽和しないようにする。
- チョークコイルは1次回路になるので安全規格を考慮する。
- 入力にインパルスノイズが印加される機器の場合、チョークコイルの巻線間や入出力端子間および巻線とコア間でインパルスノイズが放電しないように構造に注意する。
- チョークコイルのインダクタンスを決定するときに、実機での実験前にコンピュータ上の回路シミュレーション(SPICEなど)を使用すると効率的である。
- 漏洩磁束に注意する。
《参考》交流関係の用語
実効値
r.m.s値(Root Mean Square)とも呼ばれ電圧や電流の瞬時値の二乗平均の和の平方根。抵抗に対して同じ電力を生ずる直流の大きさと同じ。
電力
消費されるエネルギーの量で、ほとんどの場合熱に変わるが、運動エネルギーや光に変わるものもある。単位はW。
皮相電力
電圧と電流の実効値の積。単位はVA。
力率
電力と皮相電力の比(電力÷皮相電力)0〜1の間の値。百分率で表すこともある。
偶数次と奇数次成分
波形を見て一般に波形のプラス半サイクルとマイナス半サイクルが同じ形をしているとき(対称波形)は、直流成分と偶数次高調波成分は含まれず、奇数次成分だけが含まれます。そのため多くの機器の電源高調波電流は、偶数次成分をほとんど含まず、奇数次成分だけを含みます。(例外もあります)
全高調波歪み(THD)
オーディオなどの性能を表す場合に良く使われる「全高調波歪み(THD)」は、基本波以外の高調波成分の二乗の和の平方根と基本波成分の比を%またはdBで表したものです。
Cn:第n次高調波成分 C1:基本波成分
フーリエ級数
周期的な複合波(普通の繰り返し波形)は一般に「フーリエ級数」と呼ばれるもので表せます。
f(ωt): | 周期的な複合波 |
ω: | 角周波数 |
ω1: | 基本波の角周波数 |
t: | 時間 |
C0: | 直流成分 |
Cn: | 第n次高調波成分 |
φn: | 第n次の位相角 |
とすると、f(ωt)のフーリエ級数は
と表せます。これを50Hzの電源ラインの高調波とすると、
C1は50Hzの基本波成分
C2は100Hz成分(第2次高調波)
C3は150Hz成分(第3次高調波)
C4は200Hz成分(第4次高調波)
C5は250Hz成分(第5次高調波)
となります。
フーリエ級数の例
(Cnはピーク値ですので実効値はその 1/√2 倍になります。)
下の2例はそれぞれプラス半サイクルとマイナス半サイクルが同じ波形(対象)なので、直流成分と偶数次成分が含まれない、奇数次成分だけの式になっています。
矩形波のフーリエ級数
三角波のフーリエ級数