マンガの掲載内容に不備があったため修正いたしました。(2025/06/05)
第十話 あとがき
第10話は交流電源のまとめと「パワーエレクトロニクス」についてです。7話のコラムで交流電源の必要性、目的・用途を述べました。それは、(1)電圧や周波数の可変、(2)供給の安定化、(3)電源環境シミュレーション、の3つです。その昔の交流電源の機能は、(1)や(2)が主だったことから、周波数変換器(コンバーター)や安定器(スタビライザー)と呼ばれることもありました。当社の交流電源の初代製品(PCCシリーズ)も「周波数コンバータ」という製品名で販売されていました。その仕様を見ると、出力電圧設定範囲は20V〜120V(スイッチ切り換えにより40V~240V)、周波数設定範囲は45Hz〜65Hz(外部入力信号により45Hz~500Hz)、同型製品を3台使って三相交流電源にすることもできました。基本的にできることはほぼこれだけで、外観も含めてとてもシンプルでした。この製品が現役だったのは1980年代。その時代の当社は、電源や電子計測器の他に、組込用スイッチング電源メーカーという顔もありました。最盛期にあったオフィスコンピュータや携帯電話基地局といった業務用機器用電源などについて、受託設計・製造をおこなっていました。私の記憶では、年間売上の30%くらいは、そのような特注電源が占めていたのではと思います。
なので、当社にはそういった組込用電源のエキスパートが多く在籍し、日夜奮闘していました。余談ですが、昭和期の働き方は超ブラックでしたので、武蔵小杉にあった当社旧本社は地元でも有名な「不夜城」と呼ばれていたそうな・・・。そして、そのような状況、つまり試験用電源のみでなく、市場に大量供給されるスイッチング電源も製造する中、当社技術責任者はある疑問・懸念を持ちました。それはスイッチング電源の動作特性による弊害です。8話で説明した「非線形負荷」や「コンデンサインプット整流負荷」と呼ばれる入力電流特性です。スイッチング電源は半導体スイッチのオン・オフを動作原理としますが、そのオン・オフで生じる電流の急変によって電圧の低下や歪みといった現象が起きます。スイッチング電源を採用した電気製品の数が少ないうちは、社会全体への影響は無視できるレベルでしたが、あの当時の業界全体は強気の「いけいけどんどん」。ハードウェアの小型軽量化(軽薄短小)の時流に乗って、様々な電気製品がスイッチング電源を採用するようになっていました。しかしこのまま野放図に増え続けた場合、商用電源の攪乱が頻発し、いずれ社会問題化するのではないか。
そこで技術責任者が考えたことは、当社の知見を生かした「高調波障害の抑制回路技術」の啓蒙、そしてそういった現象に関わる評価ツールの提供でした。前者については、業界団体などに働きかけを行い設計ガイドライン策定などを進める一方、後者については従来型の交流電源(周波数変換器)の仕様変更・強化を図りました。そこで誕生した製品がPCRシリーズです。PCRシリーズには大きく2つの特長があります。1つは電源としての基本機能(電圧可変、周波数可変)に計測機能(FFTアナライザ=電流解析)を追加すること。もう一つは商用電源の攪乱を模擬できる「電源異常シミュレーション」です。つまり交流電源を電気製品の「交流試験環境プラットフォーム」にアップデートしたのです。ちなみに交流電源に電源異常シミュレーション機能を実装した元祖は当社です。私は旧本社の狭い会議室で、すし詰め状態で行われた社内製品説明会でPCRシリーズ(PCR-L)の試作品を初めて見ました。その時、高調波障害の技術的説明もさることながら、交流電源にFFTアナライザを組込む必要性を理解できませんでした。エンジニアのマニアックなエゴで載せたのでは・・・。駆け出し営業マン(しかも文系出身)であった私は、心の中でそうつぶやいてしまったのですが、今思えば、相当な慧眼であったのですね(ゴメンナサイ)。
そして「パワーエレクトロニクス」について。エレクトロニクスの分野というと、電子部品、家電、情報通信機器、産業機器、医療機器など応用製品のイメージが強いですが、一方、電気をエネルギーとして扱う分野(変換や制御)がパワーエレクトロニクス(パワエレ)です。このマンガは、前作で直流電源を、本作では耐電圧試験器、電子負荷、交流電源を説明していますが、これらは別々の機械のようで実は原理技術が共通した仲間です。特に耐電圧試験器も電源の仲間というと意外な印象がありますが、試験器の内部には高圧電源(直流と交流)があり、その出力で試験を行うわけです。そうであれば、いっそ「全部入り(一体化)」で作るのがベストじゃないか、と思うところですが、現実には技術的にもコスト的にも厳しいものがあります。まだしばらくは、それぞれの用途に応じたパッケージングの方に理があるようです。ちなみにスイスアーミーナイフ的な万能道具を私も持っていますが(男の子はだいたい好きなやつですね)、なんだかんだ一番使うのは、単品のハサミやねじ回しだったりするわけで・・・この辺の機微はありますね。
最後に、今作では所々にコーヒーのトピックを登場させていますが、個人的に紹介したかったのが「コピ・ルアク」。映画やドラマなどでも時々扱われる幻のコーヒーです。とても高価なので口にしたことがなかったのですが、未体験なまま描けないと思い、銀座の「NORTHERNWOOD GINZA」というカフェでいただきました。その際、コピ・ルアクをオーダーするお客はやはり珍しく(1日の提供杯数が少ないので要予約です)、スタッフさんに理由を尋ねられました。事情(漫画制作の取材)を説明すると、話が盛り上がってしまい(笑)・・・ポビーズカフェのスタッフで登場いただけることになりました。ともこさん、あゆみさんご協力ありがとうございました。また、みなみの製品企画考案については、「ネッコノテ」の作者ねくある・河島様にご協力いただきました。私の無茶なオーダーに柔軟に対応していただけたことに深く感謝いたします。



