第九話 あとがき
第9話では、電子機器同士が様々な電磁的ノイズの影響を受けずに共存するための技術理論「EMC」について解説します。スマートフォン、テレビ、パソコンなど、私たちの身の回りにはたくさんの電子機器があります。これらの機器は様々なレベルの不要輻射(ノイズ)を発生しますが、このノイズが原因で、ある機器が他の機器に悪影響を与えることがあります。身近な例を挙げると、例えば、電子レンジを使用しているときにWi-Fiの速度が低下することがあります。これは、電子レンジから発生する不要輻射(ノイズ)がWi-Fi信号に干渉するためです。EMC規制は、こうした問題を最小限に抑えるための重要な対策です。
電子レンジとWi-Fiルーターの例は、空中を飛ぶ電波(無線)ですが、このような電磁障害は商用電源(交流)の電線(有線)の中でも発生します。商用電源の異常状態としては、停電がわかりやすいでしょう。停電は電気供給が止まってしまうので、すぐに気づきます。ところが商用電源においては、停電以外にも様々な異常状態(波形の歪みや電圧変動)があり、それが原因で電子機器の誤動作、停止が起きることがあります。8話のコラムで、サイクロン型掃除機が隣接家屋の機器を損傷させた事例を紹介しました。最初は原因がわからず、技術者が現場に何日も張り込んで商用電源の品質を観測して、(悪さをする機器の)尾尻をつかんだということのようです。電気は目に見えないため、なんらかの異常があっても、機器の故障などで表出しない限りは、気づかれることがありません。なので世間一般ではその逼迫(ひっぱく)性が認識されにくいわけですが、商用電源の安定供給や品質維持が昔よりも難しくなっている昨今、EMC規制の必要性がより高まることは想像に難くありません。
一方、EMCはとても重要な技術知識でありながら、電気系エンジニアなら誰でも詳しいわけではないという実情があります。その理由としては、EMCは広範囲な知識と経験を必要とする専門分野であること。電気回路、電磁気学、高周波工学、材料工学などの広範囲な知識だけなく、測定や対策の実務経験量が重要になります。さらに学習機会の希少性もあります。大学や専門学校の電気系のカリキュラムは、学校やプログラムによって異なり、また必ずしも全てのプログラムでEMCが詳細に取り扱われるわけではありません。そして企業内の実務においても、EMCの知識が重要な場合とそうでない場合があります。医療機器や航空機などの高い安全性が要求される分野では、EMC対策は不可欠です。一方で、比較的影響が少ない製品では優先度が低くなることもあります。また部門(設計、製造、品証など)によってもEMCに対する認識差があります。そういった事情により、電気系エンジニアといえども、EMCのような専門性の高い分野については、学習コストが高く(関連分野を網羅する知識習得の労力)、エンジニアの関心度合いや業務内容によって知識の深さが異ってしまうのは致し方ないことかと思われます。
そして、様々な電子機器について不要な電磁的ノイズの発生抑制や障害耐性の技術基準を定めたものがEMC規格です。かつては国や地域毎に別々であったため、実務上の煩雑さが否めない印象でした。しかし近年はIEC(国際電気標準会議)規格への整合化が進められており、その点の問題は解消しつつありますが、その内容(技術説明や適合判定等)においての平易さはほぼありません。規格文章は法律文章と同じように、専門用語の多用、正確性や整合性を優先する記述性向があり、その読解はかなり難しいものです。不慣れな人にとっては先述のように学習コストが高く、その読解や実務応用のハードルが高いと思われますので、ここは素直にベテランの経験者や専門家に頼ってしまうのが賢明ではないかと思います。なお今話、このような難解な内容を少しでもマイルドにできればと考え、EMCを解説する大学教授のキャラクターモデルおよび方言指導役として、大阪大学工学部の舟木教授のご協力をいただきました。大阪弁であれば、難しい内容を適度にギャグを絡めながら表現できるのではと・・・いかがでしたでしょうか?



